2011年10月30日
若草山山頂展望台
若草山山頂展望台 (ワカクサヤマサンチョウテンボウダイ)
■ 所在地 奈良県奈良市雑司町469
■ 問合せ先 奈良公園管理事務所/tel 0742-22-0375
■ 開奈良奥山ドライブウェイ(510円)、 若草山頂駐車場(無料)、 山頂展望台入場(無料)
お会いする方に奈良県在住とお話すると・・・
"奈良と言えば、大仏さんと鹿がいるところですよね"
と、ほとんどの方からこんな返事が返ってきます。
私は中南部の橿原方面ですので大仏さまもおられませんし、もちろん鹿も身近にはいません。
場所を説明するのに結構悩むのですよね。
一番なじみの深いのが、二上山と大和三山でしょうか。
毎日通勤の際、この山々を見て暮らしています。
こちらから北の方を見渡しますと、東面に木々の見当たらない山を見る事が出来ます。
これが若草山です。(奈良盆地にいるとどこから見てもすぐに分かります)
ここのポイントは標高342mとのこと。
今回はこの山の頂上にあります展望台をご紹介します。
特この展望台の夜景はお薦めのスポットです。
写真を小さくすると、一つ一つの明りがつぶれてしまうので出来るだけ
見えるように大きくしてみました。
県庁の窓や南北の幹線道路が分かりますでしょうか?
さて、ここに行くには
車で行くのですが、東大寺大仏殿の裏側から新若草山ドライブウェイ(有料)
に乗り、山頂の駐車場に停車。
展望台まで5分ほど山道を歩くと、突然辺りが開け、奈良の町が見渡す
事の出来る広場に出ます。
この場所を一言で言うなら、
『眼下に広がる奈良盆地の町が一望でき、何気に鹿がいる場所。』
街を一望する高台の名所はあっても、あちこちに鹿がいる――
なんて所はそうそうありませんよね。
ここではたくさんの鹿達と出会う事が出来ます。
鹿ちゃんのお尻辺りに見える大きな建物が大仏殿で、丁度生駒山に
お日さまが落ちる前のショットです。(結構ここで遊んでいました)
しかしながらここの鹿達は、奈良公園にいる人に馴れ馴れしい鹿達とは
少し違います。
かなり野生に近い鹿達で、鹿せんべいを出しても飛びついてくるような
仕草はせず、恐る恐る近づいてきて食べ、神経質に反応します。
私たち(夫婦)は、鹿せんべいを持って奈良公園や若草山の鹿達に会いに
行くことが多くなりました。
結構楽しいのでお勧めですよ。
その際には鹿せんべいを持っていくこと忘れないようにね。
2011.10
2010年05月19日
大極殿(第一次大極殿)追補
大極殿(第一次大極殿)追補
先々週に引き続き、またこちらに伺いました。
暇だねー、って?
いえいえ、暇でここへ通っている訳ではなくて、
ここが気持ちよくて来たのですよ。
ところで今回は何を補足したいのかと言いますと、私の話は建物一辺倒
ですから、今回はここの雰囲気をもう少し知ってもらいたくて。

この写真は衛士隊が行進しているワンカット。
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先々週に引き続き、またこちらに伺いました。
暇だねー、って?
いえいえ、暇でここへ通っている訳ではなくて、
ここが気持ちよくて来たのですよ。
ところで今回は何を補足したいのかと言いますと、私の話は建物一辺倒
ですから、今回はここの雰囲気をもう少し知ってもらいたくて。
この写真は衛士隊が行進しているワンカット。
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2010年05月06日
大極殿(第一次大極殿)
第一次大極殿(平城遷都1300年祭事業復元工事)

■間口9間(44.015m) 、奥行き4間(19.5m)、総高さ27.014m、屋内の最高天井高さ10.782m
■基壇の大きさ:間口53.17m、奥行き28.65m、高さは高さ3.574m
■柱の小径は70cm、長さ5m。柱の本数は初重44本、二重22本
■素材はヒノキを基本とし、大斗や尾垂木先斗等の組物周りは欅が使われています
平城遷都1300年記念行事真っ最中のGW。5月3日は、なんと約6万9千人もの
人出で賑わっていたとニュースで知りました。
当時平城京には5万から10万人もの人が暮らしていたのだとか。
あの平城宮跡に6万人以上もの人が集まったのは、一体いつの頃以来の事
なのでしょうか…
いにしえ人もこの景色を見れば、きっと驚くでことでしょうね。
この平城宮は、内裏と儀式を行う朝堂院、役人が執務を行う官衙から成り、
その広さはなんと甲子園球場の約30個分、数字にして約120haの広さがあり
ます。
確かに東大寺大仏殿より一回り小さいとはいえ、これだけの大型建築物が
建っていても、この広大な敷地の中にいると、遥か向こうに見える小さな建物に
見えてしまうのがその敷地の広さを物語っています。


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■間口9間(44.015m) 、奥行き4間(19.5m)、総高さ27.014m、屋内の最高天井高さ10.782m
■基壇の大きさ:間口53.17m、奥行き28.65m、高さは高さ3.574m
■柱の小径は70cm、長さ5m。柱の本数は初重44本、二重22本
■素材はヒノキを基本とし、大斗や尾垂木先斗等の組物周りは欅が使われています
平城遷都1300年記念行事真っ最中のGW。5月3日は、なんと約6万9千人もの
人出で賑わっていたとニュースで知りました。
当時平城京には5万から10万人もの人が暮らしていたのだとか。
あの平城宮跡に6万人以上もの人が集まったのは、一体いつの頃以来の事
なのでしょうか…
いにしえ人もこの景色を見れば、きっと驚くでことでしょうね。
この平城宮は、内裏と儀式を行う朝堂院、役人が執務を行う官衙から成り、
その広さはなんと甲子園球場の約30個分、数字にして約120haの広さがあり
ます。
確かに東大寺大仏殿より一回り小さいとはいえ、これだけの大型建築物が
建っていても、この広大な敷地の中にいると、遥か向こうに見える小さな建物に
見えてしまうのがその敷地の広さを物語っています。
第二次大極殿跡もいつもと変わらない景色
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2010年03月04日
神宮(伊勢神宮)内宮
皇大神宮(内宮)
■ 所在地 三重県伊勢市五十鈴川上
■ 主祭神 天照坐皇大御神
■ 社格等 式内社(大)
■ 創建 垂仁天皇26年
■ 建築様式 唯一神明造
■ 別名 内宮
■ 参拝料 無料
■ 駐車場 有

日本の神様は八百万の神と言われますが、その最高位に
おられるのが、ここ伊勢神宮にお祭りしている
"天照大御神"です。
皇大御神の御神体は、八咫鏡(やたのかがみ)です。
三種の神器のひとつですね。
三種の神器とは三種の神器とは、天孫降臨の際天照大神から
授けられたとする【鏡】【剣】【玉】のことを言い、、日本の
歴代天皇が古来から継承し続けてきた三種の宝物のこと。
神器とは神の依代(よりしろ)を意味します。
伊勢神宮は、八咫鏡を天照大神の依代としています。
毎年お伊勢さんへ伺っていますが、今年は昨年(平成21年11月)に
宇治橋が架け直されました美しい橋を渡ることが出来ました。
この橋も遷宮祭(20年毎)に併せて先に架けかえられました。
伊勢神宮内に入る時は、必ず入口であるこの五十鈴川に架かる
宇治橋を渡ります。
皆さんも感じられると思いますが、この橋を渡る前と渡り終えて
からの空気感が変わるのをいつも私は驚いています。
凛とした空気であるにもかかわらず優しさに包まれる感じ、でしょうか。
参考ページ ※内宮のイラストマップは伊勢神宮のHPにあります"こちら"で
ダウンロードすることができます。
見ながら読んで頂けるとより一層わかり良いと思います。 続きを読む
■ 所在地 三重県伊勢市五十鈴川上
■ 主祭神 天照坐皇大御神
■ 社格等 式内社(大)
■ 創建 垂仁天皇26年
■ 建築様式 唯一神明造
■ 別名 内宮
■ 参拝料 無料
■ 駐車場 有
新しくなった宇治橋(2010.2)
日本の神様は八百万の神と言われますが、その最高位に
おられるのが、ここ伊勢神宮にお祭りしている
"天照大御神"です。
皇大御神の御神体は、八咫鏡(やたのかがみ)です。
三種の神器のひとつですね。
三種の神器とは三種の神器とは、天孫降臨の際天照大神から
授けられたとする【鏡】【剣】【玉】のことを言い、、日本の
歴代天皇が古来から継承し続けてきた三種の宝物のこと。
神器とは神の依代(よりしろ)を意味します。
伊勢神宮は、八咫鏡を天照大神の依代としています。
毎年お伊勢さんへ伺っていますが、今年は昨年(平成21年11月)に
宇治橋が架け直されました美しい橋を渡ることが出来ました。
この橋も遷宮祭(20年毎)に併せて先に架けかえられました。
伊勢神宮内に入る時は、必ず入口であるこの五十鈴川に架かる
宇治橋を渡ります。
皆さんも感じられると思いますが、この橋を渡る前と渡り終えて
からの空気感が変わるのをいつも私は驚いています。
凛とした空気であるにもかかわらず優しさに包まれる感じ、でしょうか。
参考ページ ※内宮のイラストマップは伊勢神宮のHPにあります"こちら"で
ダウンロードすることができます。
見ながら読んで頂けるとより一層わかり良いと思います。 続きを読む
タグ :伊勢神宮
Posted by 浅野勝義 at
02:17
│神宮(伊勢神宮)内宮
2009年12月05日
東大寺 二月堂
東大寺大仏殿の東側丘陵の傾斜地に建つ「二月堂」
この二月堂には他の建物と違う大きな特徴があります。
それは建物が傾斜地(それもかなり急な)にせり出す様に建っており、
床下に組まれた柱で建っていることでしょう。
柱とその組もの
この様な建物は、清水寺や長谷寺(他に護国孫子寺本堂、室生寺位牌堂等)
等のように崖や岩の上に建つ建物なので、観音菩薩を御本尊とするお堂通り、
十一面観音が御本尊です。
奈良時代の建物は1667年まで存在していましたが、この年の修二会で
焼失してしまいました。(やっぱり火事になった事があるのですね)
現在の建物はその翌年1668年に徳川家綱による再建されたものです。
江戸時代に再建されてはいますが、建築を高く評価されて平成17年、
国宝に指定されました。
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